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文字では腹は膨れない

でも栄養にはなるのです

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ペン回しが教えてくれたこと②

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「一見意味のないものでも、突き詰めていけば意味のあるものになるんです。」

とある人の言葉であるが、僕もこの言葉をどこか胸の片隅に置き、一見意味のないものを突き詰めていった。

その結果、それは確かに僕の人生に置いて大きな意味のあるものになった。

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ペン回しを初めてから数年。

有名になりたいという想いが先行するあまり、

基礎を疎かにして、目先の物珍しさに走ってしまった僕。

その結果、確かに少しの名声を得ることは出来た。

ただそれは本当に一瞬で、すぐに化けの皮が剥がれてしまった。

そこから基礎、土台の重要さに改めて気付き、一から自分を見直すことにした。

 

その時自分の武器としていた静止技は捨て、自分の技術を確認してみた。

すると驚き、全然技ができない。

それもそのはずで、最初の数年間を技を覚えるよりも、

目新しさに費やしてしまった結果、出来る技のバリエーションは驚くほど少なかった。

それなりに重いペンを使っていたにも関わらず、貧相なものだった。

ここからどうするか、一つの選択肢に迫られた。

①出来る技のバリエーションを増やす努力をする。

②今できる数少ない技のクオリティを上げる。

色々な迷いはあったが、最終的に選んだ道は②のクオリティを上げる道。

今振り返ってみると、バリエーションを増やす道も間違いではなかったと思う。

だが、その当時考えていたのは、

いろんな技をレベル70で使えるやつは山ほどいる。

それなのであれば、少ない技であってもレベル100で扱えたほうが、

戦って行く力になるのではないかということ。

そういう決断もあり、ひとまず出来る技を精一杯こなすことにした。

ただ、本当に出来る技が少なかったため、それだけではどうしようもなかった。

だからこそきっちりと技をこなす中に、少しだけ珍しい動きをすることを心がけた。

このタイミングが一つ、大きな変化のタイミングだったと思う。

 

しばらくその方針で続けて行くと確かに手応えがあった。

地道にではあるが評価もされるようになってきたし、

色々なところから声もかかるようになってきた。

こういった表現が適切なのかはわからないが、

中の上ぐらいのポジションまではたどり着くことが出来たと思う。

ただ、漠然と、ここから上にはいけないのではないかという疑念があった。

確かに上手くはなったかもしれないが、本当のトップ層にまでたどり着くことは出来ないのではないかと。

その疑念は正解で、予想通り、僕は打ち止めとなってしまった。

それなりに成功していた部類ではあったし、それなりの知名度も得ることが出来た。

しかし、モヤモヤが残っていた。

なんでここから上に行けないのか、新しく出てくる人たちに抜かれて行くのか。

考えに考えた結果、出た答えは、

「あの時自分が選んだスタイルは、本当に自分に合っているスタイルではなかった」

ということ。

 

少し哲学チックな話になってしまうが、

僕は人類皆誰も何かしらの才能があると思っている。

それが、ペンを回すことなのか、野球をすることなのか、

はたまた数学の勉強なのか、対象が何なのかは人それぞれだが、

何かしら皆才能を持っている。

その当時の僕はそこまでの粒度でしか考えられていなかった。

僕には人よりもペン回しの才能があったから、ペン回しにハマったし、

上達することが出来たのだろう、そう思っていた。

 

ただ、それだけでは認識が浅く、才能はもっと細かな粒度で割り振られている。

野球の中にも、ピッチャー、キャッチャーなど様々なポジションがあるだけでなく、

細かな動作まで分解すると、バッティング、バント、盗塁、キャッチング、

本当に無数の項目に分けられる。

バントは抜群に上手いが、キャッチングは苦手な人。

盗塁は苦手だが、バッティングはずば抜けている人。

人によって得手不得手は様々で、時にそれは強みや個性とも呼ばれるが、

才能はその粒度で細かに、人類に割り振られている。

そのことをペン回しを通じて改めて感じた。

自分に割り振られていた才能は、ただ単にペン回しというだけでなく、

その先のもっと細かい部分にあるのだと。

 

それを改めて認識した時、自分の才能はどこにあるのだろうかと模索し始めた。

今までに自分が撮影してきた動画、他の人たちの動画、

自分が評価されいるポイント、他の人が評価されているポイント、

様々な情報を振り返って分析して、自分の才能がどこにあるのかを探った。

その結果どうやら、自分は技の完成度に秀でているのだと気付いた。

そこからはもう、その方向に全てを注いだ。

自分の才能がわかればそれを最大限伸ばすのみ。

弱みを克服したい、という人もいるかもしれないが、

それはあくまでマイナスをゼロに近づけて行くだけ。

プラスを生むことはない。

なのであれば、現時点でプラスを生んでいる才能を最大限伸ばしきり、

全てを補って余りあるプラスを創出するほうが自分としても楽しい。

 

才能というと大げさなものに聞こえるが、

人より何かが出来る、人よりこれが優れている、というのは、

それだけで十分な才能だと思う。

強み、個性という表現の仕方もあるが、才能と言ったほうが、

自分の能力を愛すことが出来るし、自身も出ると思う。

 

少し脱線してしまったが、こうして自分のあるべきスタイルを見つけ、

他のものは捨て、そこを伸ばすことだけに徹した結果、

自分で言うのは気が引けるが、頂点近いところまで登ることが出来た。

中の上まで辿り着いた時、頂点まで辿り着いた時、

その違いは、自分の作品に含まれる才能の純度だと思う。

前者の場合でも自分の才能である、完成度の部分は自然と盛り込まれていた。

ただ、自分には才能のない要素、言ってしまえば不純物が紛れてしまっていた。

その不純物を排し、徹底的に才能の純度を上げる努力をした結果、

上に登り詰めることが出来た。

10年弱と言う長い時間を要してしまったが、何かの物事をここまで極めた経験はペン回し以外にないし、

こうした物事に対する考え方を養うことが出来ただけでも、価値があったと思う。

 

自分の中に秘められた才能を見つけ出し、

才能を磨き上げ、純度を高めていったその先に、

成功があるのではないかと思う。

才能の分布、大小は人によって様々だが、

絶対に何かしらの才能を人は持っている。

普通の人ならやらないようなペン回しに興味を持って続けている時点で、

ペン回しという領域の中に何かしらの才能があるはずだ。

 

「いまでしょ」で有名な某予備校講師も言っていたが、

自分が勝てると思える領域で努力するのが成功の秘訣。

がむしゃらに努力することを正とする風潮もあるが、

時間は有限なのだから、どこに時間をかけるのか、何を捨てるのか、

自分の才能を見いだすことで決断していって欲しい。

 

これからの人生も、自分の才能を信じていろんなことに取り組んでいきたい。

 

「才能の限界はまだ先」 ーMintjam (2005), Rivalー

 

前半はこちら

ebangelist.hatenablog.com